最小限の機材を軸にしたミニマルな作風から、日本の音楽家/建築家H.Takahashiは長らく、吉村弘に通じる1970年代後半〜80年代以降の日本の”環境音楽”の正道に立つ音楽家であり、正当な後継者だと目されてきました。
Kankyo Recordsからのニューリリースとなる本作は、その彼が携わった2つの独立した作品が1つにコンパイルされたものです。これらはいずれも、150年以上の歴史を持つ日本の化粧品会社〈資生堂〉にまつわるものとなっています。
”美”や生活上のウェルネスを重んじる企業が、生活空間と密接に関わる音楽ジャンルであり、かつここ数年、世界規模の静かなリバイバルを迎えているアンビエント・ミュージックに着目したのは、まさに慧眼でしょう。
しかし本作は、時にそうした枠組みに留まらない、非常に冒険的なサウンドを聴かせてくれます。
本作は、H.Takahashiの音楽的な進化の瞬間を捉えたものであり、後に2020年代の日本アンビエント史を振り返る上でも欠かせない、重要なドキュメントになりうるカセット作品です。
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●KR-006:『LIVE at SHISEIDO GALLERY』
本作は、彼が音楽家〈Jesus Weekend〉と共演した、2023年7月28日の資生堂ギャラリー(東京・銀座)でのライブ〈7.28 AMBIENT NIGHT〉の音源が収録されています。
Seira NishigamiによるプロジェクトJesus Weekendは、2021年にEP『Rudra no Namida』でソロデビュー。2023年にはKankyō Recordsからリリースされた『Murmurs』がロングヒットを記録しています。アンビエント/ニューエイジ〜サイケデリック/プログレッシブ・ロックを越境するサウンドが持ち味の、新進気鋭の音楽家です。
このライブでのH.Takahashiは、従来の作風とは異なる新しい世界に踏み出すように、唸る風や柔らかな水の音など、さまざまな環境音を導入しています。
この方向性は、2023年の彼がさまざまなライブで試みてきたスタイルであり、吉村弘と並びミサワホーム総合研究所からアルバムをリリースしたことでも知られる音楽家、広瀬豊をどこか彷彿させるところもあります。
一方のJesus Weekendは、サイケデリック・ロック〜そこに連なるニューエイジ作品を思わせる、瞑想的で没入感・酩酊感のあるドローンやハーモニー〜ボーカリゼーションを聴かせてくれます。
こうした要素は、前述したH.Takahashiの直近の音楽的関心・ムードを一気に加速させ、ネクストステージへと導く手助けとなったように思います。
以上のように本音源は、従来のH.Takahashi作品と比べれば異例の音数に満ち、それでいてカラフルというよりも落ち着いたトーン、および適度な緊張感を伴っています。
どこか環境音楽が華やいだ時代よりも少し遡った、1960-70年代のニューエイジ・ミュージックの勃興期を思わせる点で、現代のアンビエントシーンでは頭ひとつ抜けた新鮮さを感じさせる作品です。
●KR-007:『MUSIC for ‘70s SHISEIDO Ads』
本作では一転して、彼にとっての”環境音楽らしさ”を追求し研ぎ澄ませたような、機能的で美しいトラックが並びます。
Kankyo Recordsの各種デザインも手がけるアートディレクター/グラフィックデザイナー大澤悠大によるインスタレーション〈あいだ に あるもの ー1970年代の資生堂雑誌広告からー〉のために書き下ろされた本楽曲群。
コンパクトな尺の中にメロディックなフックがいくつも忍ばされ、映像を目で追ううちにいつの間にか心を掴まれるような、奥ゆかしく普遍的な魅力に満ちています。
H.Takahashiがこれまでにリリースしてきた諸作のファンの方、そして昨今のジャパニーズ・アンビエントのシーンを追い続けてきたリスナーの方は、ぜひ手に入れてほしいマストアイテムです。
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「KR-006/7」は、カセット2本組+DLコード仕様でのリリース。カセットボディの落ち着いたトーンのピンク色は、資生堂銀座ビルの外壁の色をイメージしたものです。
2023年、東京都心の初夏を静かに彩った、都市と時代のサウンドトラックのような本作。ぜひコレクションに加えていただき、日本のアンビエント史に残る本企画を追体験いただけることを祈ります。 [TOMC]
credits
released October 12, 2023
KR-006
Performed by H.Takahashi & Jesus Weekend〈VJ by Yudai Osawa〉
Mastered by Chihei Hatakeyama
Design by Yudai Osawa
KR-007
All Tracks Written & Recorded by H.Takahashi
Mixed by Kohei Oyamada
Mastered by Chihei Hatakeyama
Design by Yudai Osawa